2013年2月9日土曜日

福岡国際マラソン選手権大会の歴史


 福岡国際マラソン選手権大会の歴史(2013年02月09日)

 記録が歴史を作る。記録がないことは歴史に残らない。正しい記録は明るい未来を作る。

 歴代優勝者

 (1)2:45:45(1947年12月07日)和 田 敏 一(わだ としいち)熊本市で開催
 (2)2:37:25(1948年12月05日)山 田 三 郎(やまだ さぶろう)高松市で開催
 (3)2:40:26(1949年12月04日)古 賀 新 三(こが しんぞう)静岡市で開催
 (4)2:30:47(1950年12月10日)小 柳 舜 治(こやなぎ しゅんじ)広島市で開催
 (5)2:30:13(1951年12月09日)拝 郷 弘 美(はいごう ひろみ)福岡市―前原町(当時)折り返しで開催
 (6)2:27:59(1952年12月07日)西 田 勝 雄(にしだ かつお)宇部市で開催
 (7)2:27:26(1953年12月06日)浜 村 秀 雄(はまむら ひでお)名古屋市で開催
 (8)2:24:55(1954年12月05日)レイナルド・ゴルノ(アルゼンチン)外国選手を初招待、鎌倉市―横浜市折り返しで開催
 (9)2:23:16(1955年12月11日)ヴェイッコ・カルボネン(フィンランド)「朝日国際マラソン」に名称変更。福岡市―古賀町(当時)折り返しで開催
(10)2:25:15(1956年12月09日)山 田 敬 蔵(やまだ けいぞう)名古屋市で開催。外国人選手参加なし
(11)2:21:40(1957年12月01日)廣 島 庫 夫(ひろしま くらお)福岡市(雁の巣折り返し)で開催
(12)2:24:01(1958年12月07日)貞 永 信 義(さだなが のぶよし)宇都宮市―日光市折り返しで開催
(13)2:29:34(1959年11月08日)廣 島 庫 夫(ひろしま くらお)福岡市(雁の巣折り返し)で開催。これ以降開催地を福岡市に固定(1963年を除く)
(14)2:19:04(1960年12月04日)バリー・マギー(ニュージーランド)
(15)2:22:05(1961年12月03日)パベル・カントレク(チェコ)国際陸連のルール改正によりこの大会より給水所設置
(16)2:16:18.4(1962年12月02日)寺 沢   徹(てらさわ とおる)ルール改正により記録表記を10分の1秒単位に
(17)2:18:00.6(1963年10月15日)ジェフリー・ジュリアン(ニュージーランド)東京オリンピックプレイベントとして本大会のみオリンピックと同コース(東京都内)で開催
(18)2:14:48.2(1964年12月06日)寺 沢   徹(てらさわ とおる)
(19)2:18:35.8(1965年10月10日)廣 島 日出国(ひろしま ひでくに)
(20)2:14:04.6(1966年11月27日)マイク・ライアン(ニュージーランド)「国際マラソン選手権」に名称変更
(21)2:09:36.4(1967年12月03日)デレク・クレイトン(オーストラリア) 初の2時間10分の壁を破る当時の世界最高記録
(22)2:10:47.8(1968年12月08日)ビル・アドコックス(イギリス)
(23)2:11:12.8(1969年12月07日)ジェロム・ドレイトン(カナダ)
(24)2:10:37.8(1970年12月06日)宇佐美 彰 朗(うさみ あきお)
(25)2:12:50.4(1971年12月05日)フランク・ショーター(アメリカ)
(26)2:10:30.0(1972年12月03日)フランク・ショーター(アメリカ)
(27)2:11:45.0(1973年12月02日)フランク・ショーター(アメリカ)
(28)2:11:31.2(1974年12月08日)フランク・ショーター(アメリカ)現在の大会名に変更
(29)2:10:08.4(1975年12月07日)ジェロム・ドレイトン(カナダ)
(30)2:12:35.0(1976年12月05日)ジェロム・ドレイトン(カナダ)
(31)2:10:55.3(1977年12月04日)ウイリアム・ロジャース(アメリカ)
(32)2:10:21.0(1978年12月03日)瀬 古 利 彦(せこ としひこ)
(33)2:10:35(1979年12月02日)瀬 古 利 彦(せこ としひこ)ルール改正により記録表記が秒単位に戻る
(34)2:09:45(1980年12月07日)瀬 古 利 彦(せこ としひこ)瀬古3連覇達成。宗猛が4秒差の2位となり、世界初の2人のランナーが同時に2時間10分台を切るレースとなる。
(35)2:08:18(1981年12月06日)ロバート・ド・キャステラ(オーストラリア)
(36)2:10:15(1982年12月05日)ポール・バリンジャー(ニュージーランド)
(37)2:08:52(1983年12月04日)瀬 古 利 彦(せこ としひこ)
(38)2:10:00(1984年12月02日)中 山 竹 通(なかやま たけゆき)
(39)2:09:51(1985年12月01日)新 宅 雅 也(しんたく まさなり)コースを一部変更。海の中道区間を削除し、早良区、城南区経由追加、和白丘折り返しとなる。
(40)2:10:06(1986年12月07日)ジュマ・イカンガー(タンザニア)
(41)2:08:18(1987年12月06日)中 山 竹 通(なかやま たけゆき)
(42)2:11:04(1988年12月04日)渋 谷 俊 浩(しぶたに としひろ)
(43)2:12:54(1989年12月03日)マヌエル・マティアス(ポルトガル)
(44)2:11:35(1990年12月02日)ベライン・デンシモ(エチオピア)
(45)2:10:58(1991年12月01日)森 田 修 一(もりた しゅういち)コースを現在のレイアウト(西区経由、香椎折り返し)に変更。
(46)2:09:04(1992年12月06日)テナ・ネゲレ(エチオピア)
(47)2:08:51(1993年12月05日)ディオニシオ・セロン(メキシコ)
(48)2:09:45(1994年12月04日)ボアイ・アコナイ(タンザニア)
(49)2:09:30(1995年12月03日)ルイス・アントニオ・ドスサントス(ブラジル)
(50)2:10:48(1996年12月01日)李   鳳 柱(韓国)
(51)2:07:28(1997年12月07日)ジョサイア・チュグワネ(南アフリカ)
(52)2:08:42(1998年12月06日)ジャクソン・カビガ(ケニア)
(53)2:07:54(1999年12月05日)ゲザハン・アベラ(エチオピア)
(54)2:06:51(2000年12月03日)藤 田 敦 史(ふじた あつし)
(55)2:09:25(2001年12月02日)ゲザハン・アベラ(エチオピア)
(56)2:09:13(2002年12月01日)ゲザハン・アベラ(エチオピア)
(57)2:07:52(2003年12月07日)国 近 友 昭(くにちか ともあき)
(58)2:09:10(2004年12月05日)尾 方   剛(おがた つよし)
(59)2:08:29(2005年12月04日)ドミトロ・バラノフスキー(ウクライナ)
(60)2:06:52(2006年12月03日)ハイレ・ゲブレシラシエ(エチオピア)
(61)2:06:39(2007年12月02日)サムエル・ワンジル(KEN トヨタ自動車九州)
(62)2:06:10(2008年12月07日)ツェガエ・ケベデ(エチオピア)
(63)2:05:18(2009年12月06日)ツェガエ・ケベデ(エチオピア)日本国内男子マラソン大会初の2時間5分台
(64)2:08:24(2010年12月05日)ジャウアド・ガリブ(MAR モロッコ)
(65)2:07:36(2011年12月04日)ジョセファト・ダビリ(KEN 小森コーポレーション)
(66)2:06:58(2012年12月02日)ジョセフ・ギタウ(KEN JFEスチール)

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